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三津の背中は一瞬にして冷や汗でぐっしょりだった。
こんな時に来るなんて…。いや,いつこんな事態が起きてもおかしくなかった。今まで起きなかったのが奇跡なんだ。
『アカン…いつも通りいつも通り…。』
「お,お店に来てくれるのお久しぶりですね!」
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「そ,そうですかね?この前会ったのは…。」
そう言えばお店には寄ってない。会ったのはお寺の境内と思い出した時,総司の顔が一気に赤くなった。
「あの!あの時はすみませんでしたっ!私そのっ…。」
三津は総司が耳まで赤く染めてあたふたするのを不思議に思って首を傾げた。
『この前会ったのいつやっけ?あ!斎藤さんが鼻血出した時や。』
その時三津も総司にきつく抱きしめられたのを思い出した。
「いやっ!全然!沖田さん心配してくれただけでっ!」
特に意識はしていなかったのに,改めて思い返すと子供達の前で抱き締められて恥ずかしい状況だった。
赤面し合ってぎこちない二人を周りの常連客が冷やかした。
「お?沖田の兄ちゃんみっちゃんに何したんや?」
「何もしてません!」
と言うのは嘘だけども決してふしだらな事はしていない。
三津も激しく首を横に振って何もない事を主張した。
「もぉ!何でもかんでも面白可笑しくして!沖田さんごめんね,もうみんなの話聞かんでいいから…。」
全くもう…と息を吐いてふと手にした急須に視線を落とした。
『せや吉田さん!』
総司が普通にお店に入ってきたあたり鉢合わせる前に逃げただろうか…。
不本意ながらからかわれる事で総司の注意が逸れたのは有り難い。
お客達に冷やかされる総司を横目にそろりと表に出てみたら吉田は平然とお団子を食べていた。
「大丈夫なんですか?おっても…。」
何だか拍子抜けだと深く息を吐いた。このほんの少しの間で寿命が縮んだ。
「沖田と何かあったの?」
「ないっ!」
こんな時にからかわないでと湯呑みを取り上げてお茶を注いだ。
「ふーん…。」
『どう見ても変だよね。沖田は女に対しては奥手なんだな。』
弱点を一つ見つけたと喉を鳴らして笑った。壬生狼も好きな女の前ではただの男だった。おまけにとてもとても不器用らしい。
『不器用なのは人の事言えないけど。三津が誰の物かも知らないで。』
哀れだなと心の中で笑ったがふと思った。
もし三津と桂の仲を知った時,沖田総司と言う男はどんな行動を起こすのだろう。
もし逆に三津が土方や斎藤,壬生狼の誰かの女だと分かったら。自分はどんな状態に陥るだろう。
『そんなの決まってる…殺すよね。』
それが嫉妬なのか裏切られた怒りなのかはその状況に立たなければ分からないだろう。だけど間違いなく殺してしまう。
きっと考えてる暇なんて無くて,一瞬で刀を抜いて血の海に沈めている。
『我ながら物騒な事考えたもんだ…。』
こんなに簡単に想像出来てしまうなんて。
「三津…あんまり俺と長く居ると怪しまれる。早く中に戻って沖田の相手でもしてな,その間に俺は帰るから。」
「えっ?あぁ…そうですね…。
あの…沖田さんは吉田さんの事吉田さんって分かってないの?」
最後にどうしても気になった部分を問いかけると,吉田はふっと笑って頷いた。
「前にも言ったろ?名前は知ってても顔は分かってない。だから三津が俺の名前を言わなければ気付かれない。
ほら…戻りな。沖田が嫉妬して俺の事根掘り葉掘り聞いてきたら敵わないしね。」
「嫉妬って?」
「さぁね,沖田本人に聞きな。ほら戻った戻った。」
しっしっと猫を払うように腑に落ちない顔の三津を店内へ追いやった。
『名前を出さんかったらいいんか…。』
それなら簡単だ。何とか切り抜けられると胸を撫で下ろした。
「なぁみっちゃん沖田はんとも出掛けたり?!」
「何の話?」
「よしてください!」
自分が外に出ている間に何やら勝手に話が盛り上がっていたらしい。
ニヤニヤするお客達と顔を赤く染めて困り果てる総司。
「なぁ?みっちゃん。」
お客達は居心地悪そうに身を縮めている総司とその姿を目を丸くして見ている三津を交互に見た。
周りに囃し立てられて総司は恥ずかしさで死にそうだった。
『どうして言えないんだろ…。あなたと二人で出掛けたいって…。』
、本陣から朝食のおむすびを運んできてくれた。
かれは、ちゃんと弁当の分まで準備している。
パーフェクトな対応は、さすがである。四名。
われさきに俊春に群がる。
「あっ、雄性禿 畳に穴があいた」
永倉がつぶやいた。
「気にしない気にしない」
かれは、さらにつぶやく。
そうだ。そんなこと、だれも気にしない。だいたい、気づきもしないだろう。
それよりも、喰いもんだ。
こうして、おれたちは餓死を免れたのであった。
できた男は、ちゃんと相棒にもやってくれていた。
でっかい塩むすびと沢庵で腹を満たしたおれたちは、体中をぽりぽりかきつつ、夜を明かした。
俊春は、いなくなっていた。朝、目が覚めた でっ結局、この旅籠にチェックインしてからいままで、ずっと呑まず喰わずの状態である。
すぐちかくにコンビニがあるわけではない。それどころか、飲食物をうっていそうな、あるいは喰わしてくれたり呑ませてくれそうな店もなさそうである。
ゆえに、おれたちはただまつしかない。
そして、マイ懐中時計が二十一時をまわったころ、やっと食事にありつけそうな気配があった。
つまり、階下から「喰うんなら取りにこいや、ゴラァ!」的ななアナウンスがあったのである。
いそいそととりにいったのは、副長をのぞく四人である。そしてまた、いそいそと部屋へと戻った。
相棒は、おれの分で半分こすればいい。とてもではないが、犬の分まで準備してくれそうな気配ではないからである。
「土方さん、まだ試衛館にいたのことを覚えているか?道端に生えてる雑草を、無理矢理喰える草だっつってごまかされて、煮たり焼いたりしてしょっちゅう喰わされたよな」
膳をまえに、永倉がいった。超絶マックスに腹が減っているのにもかかわらず、まだだれも箸すら手にしていない。
その箸も、あきらかにだれかがつかったのリサイクル、ついうよりかは使いまわしにしかみえない。
「ああ。最初のは、胃の腑の弱い平助などは、すぐにゲーゲー吐いたりくだしたりしてたもんだ。もっとも、京に上るには、いかなる雑草や花でも喰えるようになってたよな」
おそるべし試衛館の食事情……。
それがエディブルフラワーでないかぎり、超絶サバイバル的な食生活だ。
「ぽちたまの料理と比較するつもりは毛頭ないが、これはシットだ」
「あははは!永倉先生、ドンピシャすぎて草ですね」
正直、膳の上にのっている食物みたいなものは、永倉のいうとおり「くそ」みたいだ。つくってくれた人にはたいへん申し訳ないが、これは人類が食せるものではなさそうだ。それをいうなら、相棒やその他の動物にも喰わせたくない代物である。
「さすがに、これはちょっと……」
この時代に大食い選手権なるものがあったら、ぜったいに永倉と一位二位を競うであろう島田まで、膳の上をにらみつつ口惜しそうにしている。
「喰えるところか呑み屋はないでしょうか?夜鳴き蕎麦はきていないでしょうか」
哀れっぽく訴える島田。
みな、おなじ気持ちである。
腹が減りすぎて頭がまわらない。そして、口をひらく気力もない。
男五人、途方に暮れるの図……。
相棒も腹をすかせているだろう。通りすがりの人が恵んでくれたとしても、ぜったいに口にしない。本来なら、相棒はおれかおれが頼んだがあたえるものしか口にしないのだ。
双子、さらには副長などは別格である。
そんなことを、頭のなかのどっか遠いところでかんがえてしまっている。
そのときである。
「おまたせいたしました」
一陣の風とともに、窓になにかが落ちてきた。
「ひいいっ!」
「ひええっ!」
「うわっ!」
「ほえええっ!」
「……!」
それぞれがそれぞれの表現で驚いた。
ちなみに、おれなどは驚きすぎて声もでない。
「ぽぽぽぽちっ!驚かせるんじゃねえよ」
「なにゆえ、窓から?」
そんな突拍子もない奇襲攻撃をするのは、俊春しかいない。
ってか、二階の窓にあらわれるなんて荒業、かれしかできない。
くそっ!ぜったいにウケ狙いにちがない。
かれは、掌にもっている軍靴を窓の桟に置くと、音もたてずに畳の上に着地した。それから、かっこかわいいを右に左に傾け、副長と永倉の問い、というよりかは詰問に応じる。
「こちらのほうが、はやくててっとりばやいからです」
しれっといってから、人懐っこい笑みを浮かべる。
まるで、いたずらをしたのがみつかった飼い犬が、テヘペロっているみたいだ。
飼い主は、そんな飼い犬がかわいすぎてキュン死するのである。
「仕方がねぇな、ったく」
「ぽちらしいな、まったく」
そして、副長と永倉は、案の定キュン死した。
「とくに異常はございませんでした。かえりに、本陣によって喰い物を調達いたしました」
「なにいっ!」
「まことか?」
「それをはやく申してくれ」
「ラッキー」
「ぽち、最高っ!」
俊春のいまの報告の後半部分に反応する
が、ぱあっと明るくなる。
すでに夕陽は山の向こうに沈み、闇がひたひたと迫りつつある。
いまから総出で、双子の采配のもと夕餉の支度である。それと、風呂もわかす。
「悩まれておいででしたが、結局、どちらともお答えになられませんでした」
俊冬の声は、同步放化療 ほんのちょっぴり残念そうな響きがある。
当人にジャッジしてもらうのが、一番よかっただろうに・・・。
「京ではさほど会話をいたしませんでしたが、それでもいい気がいたしませんでした。軍略と戦略にたけているかもしれませぬが、その人となりは相当にまずいものでございます。敵は無論のこと、自軍や同盟軍をも蔑ろにされておいでです。兵を駒にしか考えておらず、それどころかに関心がなさすぎまする。あれでは、戦には勝てても、長生きできますまい」
俊冬の声は低く、不吉なものを感じさせる。
「そのとおりです。大村は、この戦のなかで薩摩藩士と衝突したり、周囲に不快感を与えまくります。そして来年、かれは暗殺されます。実行犯は長州藩士ですが、黒幕はべつにいるといわれています」
告げると、局長も副長も斎藤も「さもありなん」、というになる。
「われらが間者にもたせた飴細工の意味を理解し、怯えてもおられました」
俊冬は、声をあかるくしてつづける。
狼と龍が、宝玉を護っている飴細工。大村はそれらをみ、どう解釈したのであろう。
「では、夕餉の支度をたくをいたしまする」
俊冬がいい、双子は同時に一礼してから厨のほうへと去っていった。 翌日、さっそくスペンサー銃の試射がおこなわれた。
「これって、大村が横浜で入手したばかりの銃ですよ、きっと。スナイドル銃の四倍の価格だったかと記憶しています。いいんですか、そんな高価なものを・・・。三十丁もあるじゃないですか。それに、もこんなに。これ、貴重なんですよ」
準備をしつつ、双子にいってみる。
「「でこちんの助」の懐からでているわけではない」
「はい?たま、そんな問題ですか?たしかに、総督府の名義で発注したかと思いますけど・・・。こっちの板垣さんの銃といい、誠に快く譲ってくれてるんですか?」
いやいや。そもそも、こういう会話じたいおかしくないか?敵の主要人物を訪れるなんていったら、使者か暗殺者くらいだろう。それを、フツーにいって、フツーに会話して、フツーに暇乞いするなんて。しかも、貴重な銃をフツーに手土産としていただくなんて。
すべてがフツーじゃない。
「『あの素晴らしい飴細工に感動した。ぜひとも、もってかえってほしい』と、申された。そこまで申されて断れるか?かような不作法は許されぬであろう?」
まったくもう・・・。ああいえばこういうし、こーいえばああいうし・・・。
「主計、わたしの言を疑っておるのか?いままで、一度も嘘をついたことのないわたしを、嘘つき呼ばわりするというのか?」
「すでにそこで、嘘でしょう?」
「そろいましたな?」
俊冬ーーーっ!おれをスルーし、集まってきた仲間たちに声をかけてるし。
「では主計、頼む」
俊冬はこちらに体ごと向け、スペンサー銃を振ってみせる。
「え?一番に撃たせてもらっていいんですか?」
わお。一番に撃たせてもらえるなんて。
「なにを申しておる。おぬしは、これをもってあそこの木のところに立つのだ」
やっぱりな。ちぇっ、て思いつつ、さしだされる俊冬の掌をみおろす。おれの左脚のすぐうしろから、相棒もみあげている。
「ちょっ、これ、なんですか?」
俊冬の掌にあるものは・・・。
「いかがいたした?みたままであるぞ」
「みたままって・・・」
そこには、なんにものっていないのである。
「まさか、エア標的?」
「なにを申しておる?さあ、受け取れ」
「ちょっ・・・。みえてないんですよ。エア標的でもって、おれを撃つ気じゃないでしょうね?スペンサー銃の威力をご存知ないんですか?」
これまでの銃とはちがう。のつくり、発射の構造、すべてが。ゆえに、精度、距離、破壊力もだんちである。
「・・・。かようにすごいのか?」
不自然な間ののち、俊冬はおおげさに驚いたのつくり、発射の構造、すべてが。ゆえに、精度、距離、破壊力もだんちである。
「・・・。かようにすごいのか?」
不自然な間ののち、俊冬はおおげさに驚いた「主計。誠に、なごませてくれるな」
局長が、しみじみ感満載でほめてくれたっぽい。
「たま、準備いたしましたぞ」
俊春が、こぶりの荷車をひっぱってきた。
「本来ならば、銃の威力は
も脅かされることもなく、ということになると、おれにはそれくらいしかいいアイデアが思い浮かばない。
それよりもなによりも、局長を拉致る。もしくは、いまここで、これ以上の戦いは無意味であることを諭し、どうにか身をひいてもらうか・・・。生きつづけることを、死んではならぬことを、わかってもらえば、おのずと身をひいてくれるはず。
「やはり、おれがどうにかするしかない、か・・・」
をよんだのか、肺癌 あるいは自分でそうと悟ったのか、副長がちいさなため息とともにもらす。
それらは、納戸の埃だらけの床へとゆっくりと落ちてゆく。「副長・・・。局長は、副長が説得すればするほど、依怙地に、いえ、責任を感じられてしまうのではないかと。かえって、とかかわりのない、それどころか幕府とも戦とも関係のない、たとえば、ご家族とか親類とか、そういう方から説得してもらった方がいいのではないでしょうか?」
副長は、おれの提案をしばし脳内で吟味していたようだが、さきほどと同様、ちいさなため息とともに言葉を吐きだす。
「せっかくだが、それも望みはねぇ。妻子をないがしろにしてるってわけじゃねぇんだが・・・。おまえのいた時代とちがって、ってもんは、家族より家が大事だし、それよりも士道や志を重んじる。それは、たるものの、奥方や子も同様。夫、もしくは父親の志のほうが、情より重んじられる。無論、どっちも心の底じゃぁ、どう思ってるかわからんがな。が、かっちゃんのは、妻子は二の次だ。奥方のつねさんは、器量がいまいちでな。もいまいちなんだが、それでも、かっちゃんを頼ってるし、かっちゃんも信頼して留守を任せてる」
副長は、狭苦しい納戸のなかで、器用に両肩をすくめる。
「京にいた、つねさんや娘のたまに幾度文を記したと思う?」
その問いより、局長の娘の名がたまであることを、いわれて思いだす。
最近、たまと呼ばれるようになった俊冬のの三分の一にも満たぬ。江戸へ戻ってからも、二度かえっただけだ。もっとも、それは、おれたちに気をつかってのことだろうが・・・。それにしても、っていうところだろうが、ええ?ぐだぐだいっちまったが、家族だろうが実兄だろうが、かっちゃんを変心させることはできねぇってこった」
「ですが、だれかにやってもらわないと・・・」
「くそったれめ・・・」
そのとき、納戸の引き戸が突然ひらいたので、副長もおれもぎょっとした。
野村である。胸元に、大判の冊子を幾冊か抱えている。それが、床に落下する。驚いて、床に落としたのだ。
しばし、二対一でみつめあったままかたまってしまう。
ややあって、野村がやっと動いた。一歩退くと、無言のうちに引き戸に掌をかけ、それをゆっくりしめはじめる。
「ちょっ、利三郎・・・」
慌てた副長が、すらりとした指を伸ばしてとめようとするも、無情にも引き戸が閉ざされてしまう。
逆天の岩戸のように・・・。
閉ざされる直前に垣間見えた、野村の・・・。
みてはいけないものをみてしまい、それをネタに脅してやろうという小悪党のであった。
ついに、副長とBLチックな噂になるかも・・・。って、よろこんでる場合じゃない。
でっ、結局、結論にはいたらぬまま、おれたちは納戸からそろそろとでることになった。
おっと、そのまえに、野村が落とした冊子をぱらぱらとめくると、春画であった。
つまり、エロ本であった。
野村・・・。おまえ、絶対に宮古湾で戦死するはずないよな?
確信以上のものを、得たのだった。
おれの その夕刻、双子が戻ってきた。それぞれ、小型の荷車を曳いている。
俊冬の荷車には、日本橋の魚市場と神田の青果市場で仕入れた食材がたくさん積まれている。みな、わいた。ちゃんと、夕餉の支度の時刻までに戻ってきたことはもちろんのこと、今宵もまたごちそうにありつけるのである。わくのも当然であろう。
そして、俊春の荷車には・・・。
「これは、なんだ?」
集まっているのは、隊士だけではない。局長と副長も庭にやってきている。
開口一番、局長が尋ねる。
製のスペンサー銃でございます。七連発の元込ライフル銃でございまして・・・」
俊春が、しれっと応じる。
「いや、そうではない」
局長は苦笑しつつ、でかくて分厚い掌で荷車に積まれている銃を指し示す。
「これだけの銃を購入できる費用は、どうしたのかと。それどころか、こちら側の大量の魚や野菜の費用も、だ」
「費用っ!」
「費用っ!」
双子は同時に掌をうちあわせ、そんな言葉を生まれてはじめてきいたかのような反応を示す。
「うわー、いっぱいの銃ですね。あれ、この箱に家紋が入ってる。これって、どこの家紋だっけ?」
「一の下に黒い丸が三つ・・・。わかんない」
市村と田村が、ちいさな木箱をみつめながらわいわいいってる。
一の下に黒い丸が三つ・・・。「一文字三星」。四柱推命みたいだが、もちろんちがう。
「長州の毛利家の家紋だよ。長州の・・・」
おれの言葉に、全員の
「
一方で、本願寺を出た松原は青い顔のまま行先も無く歩いていた。
「ああ……ワシは何ちゅうことをしてもうたんや」
その脳裏には昨夜の出来事が何度も浮かんでは消える───
厚い雲が空を覆う夜だった。生髮 桜司郎に呑みに行くことを断られた松原は一人で島原へ向かう。元々酒癖がそこまで良くない自覚があったためか、基本的に一人で呑むことは無い。だが、給金が出たばかりでどうしても呑みたかった松原は一人で出掛けてしまった。
程よく酔い、門限までに間に合うようにと島原を出て本願寺まで歩いていると、尿意が してくる。辺りを見渡し、誰も居ないことを確認すると小路に入った。用を足して元の道に戻ろうとした時、その建物から浪人風の男が二人出てくる。思わず小路に身を潜めた。
『どうにも金が足らへん。こうなりゃあ、押し込みでも人攫いでもやるしかあらへんか。妻を売る算段は付いとるんやけどな……』
何やら物騒なそれに松原は眉を顰める。普段であれば冷静に判断をし、証拠を掴んでから捕縛に至るのだが、どうにも酒のせいで頭が回っていなかった。思わずその前に躍り出る。
『ワシはァ、新撰組の四番組組長や。その話ィ、ちと聞かせてもらいまひょかァ!』
そう名乗りを上げると、浪人達はせせら笑った。酔っ払いの坊主に何が出来ると言いたげなそれに松原は頭に血が上る。
その上、浪人の一人が刀に手を掛けようとしたのを見て、松原は素早く抜刀した。そしてそのまま切り伏せる。目が据わった状態でもう一人へ視線を向けると、顔を引き攣らせた。
『ひ、ひぃぃ!!』
そのように悲鳴を上げると、地に伏す仲間を取り残し、走って逃げていってしまう。
『何やァ、口程にも無いやっちゃ……。ん……?』
じわじわと足元に広がる血溜まりを見た松原は、急に冷静になった。そして斬った浪人を抱き起こす。するとその男は既に事切れていた。
罪を未然に防いだため、隊から咎められることは無い。だが、松原の良心が途端に痛み始めた。せめて家へ届けてやろうと思い、浪人の持ち物を漁る。
すると、見付けた根付から天神町に住む紀州の浪人である事が分かった。図体の大きい松原はその男を軽々と持ち上げると、男の家まで遺骸を運ぶ。
恐る恐る訪ねると、そこからは儚げな美貌を持つ若い女が出て来た。女は浪人の遺骸を見ると、たちまち目に涙を浮かべて震えると腰を抜かす。
『あ、あんた……。何で、こんな……。何でやの……ッ!?』
その美しくも哀れな姿を見た松原は、真実を告げるのが急に怖くなった。鬼、人殺しと罵られるのは慣れている筈なのに、言われたくないと強く思ってしまう。
女はどうして、と松原の足元に縋り付いた。それを見た松原は拳をキツく握る。
『──斬り合いをされていたところを助けに入ろうとしたんやが、間に合わへんかった』
そして、咄嗟にそのように嘘を吐いた。何を言ってるんや、と我に返ると訂正をしようとしたが、咽び泣く女を前にし、何も言えなくなる。奥からはか細い子どもの泣き声が聞こえた。
すると、たちまち罪悪感が胸を占める。松原は葬儀代だと言うと、手持ちの金を女へ渡した。そしてそのまま立ち去る───
いくら酔っていたとはいえ、事を急ぎすぎた上に軽率だった。松原は苦しげに目を瞑ると、坊主頭に手を当てる。夢の中でも女や子の泣き声と、恨めしげに事切れた男の顔が出て来た。
──ワシは、あの人と子から父親を奪ってしもた。
性根が優しい松原は、罪の意識に苛まれる。その様子を、物陰から鋭い視線で除く男がいた。面白そうに口角を上げると、去っていく。
東の空には黒雲が見える。また降り出しそうな空は何処か不穏な影を帯びていた。