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Ouji's Blog

一方で、本願

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一方で、本願

 一方で、本願寺を出た松原は青い顔のまま行先も無く歩いていた。

 

「ああ……ワシは何ちゅうことをしてもうたんや」

 

 

その脳裏には昨夜の出来事が何度も浮かんでは消える───

 

 

 厚い雲が空を覆う夜だった。生髮 桜司郎に呑みに行くことを断られた松原は一人で島原へ向かう。元々酒癖がそこまで良くない自覚があったためか、基本的に一人で呑むことは無い。だが、給金が出たばかりでどうしても呑みたかった松原は一人で出掛けてしまった。

 

 程よく酔い、門限までに間に合うようにと島原を出て本願寺まで歩いていると、尿意が してくる。辺りを見渡し、誰も居ないことを確認すると小路に入った。用を足して元の道に戻ろうとした時、その建物から浪人風の男が二人出てくる。思わず小路に身を潜めた。

 

 

『どうにも金が足らへん。こうなりゃあ、押し込みでも人攫いでもやるしかあらへんか。妻を売る算段は付いとるんやけどな……』

 

 何やら物騒なそれに松原は眉を顰める。普段であれば冷静に判断をし、証拠を掴んでから捕縛に至るのだが、どうにも酒のせいで頭が回っていなかった。思わずその前に躍り出る。

 

『ワシはァ、新撰組の四番組組長や。その話ィ、ちと聞かせてもらいまひょかァ!』

 

 

 そう名乗りを上げると、浪人達はせせら笑った。酔っ払いの坊主に何が出来ると言いたげなそれに松原は頭に血が上る。

 その上、浪人の一人が刀に手を掛けようとしたのを見て、松原は素早く抜刀した。そしてそのまま切り伏せる。目が据わった状態でもう一人へ視線を向けると、顔を引き攣らせた。

 

『ひ、ひぃぃ!!』

 

 そのように悲鳴を上げると、地に伏す仲間を取り残し、走って逃げていってしまう。

 

 

『何やァ、口程にも無いやっちゃ……。ん……?』

 

 じわじわと足元に広がる血溜まりを見た松原は、急に冷静になった。そして斬った浪人を抱き起こす。するとその男は既に事切れていた。

 

 罪を未然に防いだため、隊から咎められることは無い。だが、松原の良心が途端に痛み始めた。せめて家へ届けてやろうと思い、浪人の持ち物を漁る。

 

 すると、見付けた根付から天神町に住む紀州の浪人である事が分かった。図体の大きい松原はその男を軽々と持ち上げると、男の家まで遺骸を運ぶ。

 

 

 恐る恐る訪ねると、そこからは儚げな美貌を持つ若い女が出て来た。女は浪人の遺骸を見ると、たちまち目に涙を浮かべて震えると腰を抜かす。

 

『あ、あんた……。何で、こんな……。何でやの……ッ!?』

 

 その美しくも哀れな姿を見た松原は、真実を告げるのが急に怖くなった。鬼、人殺しと罵られるのは慣れている筈なのに、言われたくないと強く思ってしまう。

 女はどうして、と松原の足元に縋り付いた。それを見た松原は拳をキツく握る。

 

 

──斬り合いをされていたところを助けに入ろうとしたんやが、間に合わへんかった』

 

 そして、咄嗟にそのように嘘を吐いた。何を言ってるんや、と我に返ると訂正をしようとしたが、咽び泣く女を前にし、何も言えなくなる。奥からはか細い子どもの泣き声が聞こえた。

 

 すると、たちまち罪悪感が胸を占める。松原は葬儀代だと言うと、手持ちの金を女へ渡した。そしてそのまま立ち去る───

 

 

 

 いくら酔っていたとはいえ、事を急ぎすぎた上に軽率だった。松原は苦しげに目を瞑ると、坊主頭に手を当てる。夢の中でも女や子の泣き声と、恨めしげに事切れた男の顔が出て来た。

 

──ワシは、あの人と子から父親を奪ってしもた。

 

 

 性根が優しい松原は、罪の意識に苛まれる。その様子を、物陰から鋭い視線で除く男がいた。面白そうに口角を上げると、去っていく。

 

 東の空には黒雲が見える。また降り出しそうな空は何処か不穏な影を帯びていた。

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