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浮気現場を見てしまったときは、動揺して咄嗟に逃げ出してしまったけれど、もう逃げない。
303号室の扉の前で深呼吸を繰り返し、肩の力を抜いて鍵を開けた。
「キャンキャンッ!キャン!」
扉を開けると、证券公司开户 真っ先にもずくが走って私のそばに駆け寄った。
ちぎそれうなくらいに尻尾を振って、私の帰りを喜んでくれている。
「もずく、昨日は置いて出て行っちゃってごめんね……」
本当はあんな現場にもずくを残していきたくなかった。
でも、さすがにもずくを連れて逃げ出す余裕は昨夜の私にはなかったのだ。
すると、こちらに近付く足音が聞こえてきた。
六年間、毎日聞き慣れた遥希の足音。
遥希は帰ってきた私の姿を見て、あからさまにホッとした表情を浮かべた。
「依織……帰って来てくれて良かった」
遥希は私を抱きしめようと、私の体に手を伸ばした。
当然私は、その手を強く払いのけた。
「……触らないで。私、遥希を許すために帰ってきたわけじゃないから」
ここに来るまでの間、壊れそうなくらい激しく胸が鳴っていたのに。
遥希の事の重大さをわかっていないような顔を見て、一気に冷静さを取り戻した。「違うんだよ!昨日のあれは……!」
「何が違うの?……誰がどう見ても、あれは浮気現場でしょ」
私はもずくを抱き上げ、部屋の奥に進んだ。
遥希は焦ったように私の後を追いながら、虚しい言い訳を続ける。
「あれは向こうの方から誘ってきたんだ。俺の家にある仕事の資料を貸してほしいって言うから連れて来ただけで、俺も最初はあんなつもりじゃ……!」
「遥希って、簡単に嘘が言えるんだね」
「え……」
「私、ベッドでの二人の会話も少し聞いてたの」
女性の方は喘ぎ声を交えながら、遥希に抱かれて嬉しいと甲高い声で呟いた。
遥希はその発言に対して、俺も嬉しいと、確かにそう言った。
動揺していたはずなのに、二人の会話を鮮明に覚えてしまっている自分が嫌だ。
「結ばれて良かったじゃない。あの子と幸せになれば?」
「良くない!……俺が本当に愛してるのは、依織なんだよ」
愛してるって、もっと重くて深い言葉のはずだ。
でも遥希の口から吐き出された『愛してる』は、私が今まで聞いたものの中で最も軽くて浅いと思った。
「愛してるなんて、軽々しく言わないでよ……!」
冷静に話し合いをするつもりだったのに、抑えていた怒りが頂点に達した。「どうせ家に連れ込んだのだって、一度や二度じゃないんでしょ?ずっと私のこと、騙してたんでしょ!?」
「何言ってんだよ……そんな何度も浮気してきたわけないだろ!」
「信じられない。別に何回浮気されてようがもうどうでもいいけど。今日中にこの家出て行ってくれる?」
「は?出て行けって……冗談だろ?」
遥希は苦笑いを浮かべた。
六年も一緒にいたから、彼の癖なら何でも知っている。
遥希は本当に困ったとき、焦りを隠すためなのかいつも苦々しく笑うのだ。
「依織、俺と別れるつもりなの?」
「当たり前でしょ。私が許すとでも思った?」
「……正直、依織なら許してくれると思ってた」
どこまでも甘えた発言に、吐き気がした。
でも、遥希をここまで甘やかしてしまったのは、きっと私に原因がある。
私が日頃から彼のワガママを受け入れていなければ、こんな結末にはならなかったかもしれない。
だとしても、やり直すにはもう遅すぎる。
「依織は心が広いから、一度の浮気ぐらい……」
「遥希は、私のこと何も知らないんだね。……悪いけど私、そんなに心広くないから」
何もかも許してあげれるほど、私は大人じゃない。何もかも許せた方が、心はきっと楽だった。
許せない方が、ずっと苦しい。
「俺は、依織と別れたくない。……傷つけて本当にごめん。もう二度としないから、許してほしい」
遥希はようやく素直に私に頭を下げた。
やはり六年も一緒に過ごしてきたのだから、少なからず情はある。
でも、情だけでこの先共に生きていくことは出来ない。
きっとあの浮気現場を目撃してしまった瞬間から、遥希への恋心は急速に冷めていったのだろう。
頭を下げる遥希を見て、もう一度好きだと思える気がしなかった。
「ごめん、無理。私、浮気だけは絶対に許せないの」
私は寝室に移動し、自分の服や下着、貴重品など最小限に必要なものを鞄に詰めた。
「私、今日はこのままもずくを連れて実家に帰るから。今日中に出て行ってね」
リビングに行き、もずくにはペット用のキャリーバッグに入ってもらった。
遥希は立ちつくしたまま、動こうとしない。
よほどショックを受けたのか、それともプライドを傷つけられたのか。
すると遥希は、耳を疑うような言葉をポツリと小さく呟いた。
「……俺は今まで、依織に愛されてると思ったことなんて、一度もなかったよ」「何、言ってるの……?」
「俺はずっと不安だった。……いつか依織が俺のそばからいなくなるんじゃないかって、ずっと不安で……」
「だから浮気したっていうの……?」
「……プロポーズも断られたし、依織の人生に俺は必要ないんじゃないかって。そう思ったら、悔しくて……」
眩暈がした。
たった何ヵ月の交際だったわけではない。
六年だ。
六年もの長い月日を、私たちは一緒に過ごしてきたのだ。
私は、確かに遥希のことを愛していた。
言葉にして伝えたことだって、何度もある。
当然それは、彼の胸に響いているものだとばかり思っていた。
それでも一度も愛されていると思ったことがないなんて言われたら、私は愛が何なのかもうわからない。
「私は……遥希のこと、ちゃんと愛してたよ」
「だったらどうして結婚するって言ってくれなかったんだよ!」
遥希は泣いていた。
思えば一緒にいた六年で、遥希の涙を見たのは今この瞬間が初めてかもしれない。
彼が私に見せた最初で最後の涙を、私はきっとこの先忘れることはないだろう。
「……私には、覚悟が足りなかったの」
「覚悟……?」
「何があっても、たった一人の人を愛し抜く覚悟」
甲斐が私にかけてくれた言葉が、今の私を表現している。
そう、感じた。